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新潟地方裁判所 昭和52年(ワ)582号 判決 1978年5月22日

原告 中野てる

被告 阿部芳子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金一五四万七〇〇〇円およびこれに対する昭和五三年一月七日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は新潟市四ッ屋町一丁目三〇七六番地小山アパート二階の一室を賃借して居住していた者であるが、昭和五二年一一月二三日午前一時四五分ごろ、同アパート一階から出火し、原告の居室を含めてアパー卜全部が焼失した。

二、この火災は、アパート一階の一室を賃借して居住していた被告がガスストーブをつけたまま炬燵に入って居眠りをしているうち、その掛蒲団にストーブの火が燃え移ったため発生したものであり、したがって、これにつき被告に過失責任のあることは明らかである。

三、この火災のため原告は別紙損害金明細表記載の現金および家財を失い、同表記載のとおり計金一五四万七〇〇〇円の損害を蒙った。ところで、これらの現金および家財は既に焼失しているため右損害発生の事実、ことにその数額を立証することは容易ではなく、仮にこれが認められないとしても、火災の際、原告は命からがら逃げ出すのがやっとの状態であって何一つ家財を持ち出すことが出来なかったのであり、そのために蒙った原告の精神的苦痛を金銭で慰藉するとすれば、その金額は右損害額金一五四万七〇〇〇円を下るものではない。

よって、原告は被告に対し右損害金もしくは慰藉料として金一五四万七〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五三年一月七日から支払い済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

と述べ(た。)《証拠関係省略》

被告は主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実のうち、被告が小山アパート一階の一室を賃借して居住していたことは認めるが、被告が炬燵に入って居眠りをしていたことは否認、火災が発生したことについて被告に過失責任があるとの主張は争う。火災は被告がガスストーブで室内の暖をとりながら睡眠中、何かがストーブに触れて燃え移ったため発生したものであるが、何が触れたかは消防署の調査によっても判明しない。

三、同第三項の事実のうち、火災のため原告がその主張のような財産的損害を蒙ったことは認めるが、原告がその主張のような精神的損害を受けたことは争う。

と述べ(た。)《証拠関係省略》

理由

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。すなわち、小山アパートは木造瓦葺二階建の共同住宅であって一、二階とも二室に区画され、各室はそれぞれ六帖、二帖の二間と台所、便所、押入れ、板の間等から成っていること、被告は昭和四八年ごろそのうち一階西側の一室を賃借し、それ以来、ここに居住していた者であり、火災当時、その六帖間には東側に北側の窓に寄せてベッドが置かれ、ベッドの西南端から西へ〇・三六平方メートル離れたところにガスストーブが一台置かれていたこと(ただし、被告が同アパート一階の一室を賃借して居住していた点は当事者間に争いがない)、当時、被告は新潟市内のクラブ「朱鷺」にホステスとして勤務していたのであるが、昭和五二年一一月二三日午前一時一五分ごろ、勤務を終えて帰宅し、右ガスストーブに点火して室内の暖をとりながらベッドに寝そべって週刊誌を読んでいるうち、勤務先で口にした酒の酔いも手伝ってそのまま寝入ってしまったこと、火災は同日午前一時四七分ごろ被告の居室から発生し、小山アパートのほか、それに隣接する建物五棟を全半焼して、同日午前二時三〇分ごろ、鎮火したこと、被告は寝入って間もなく足元に熱気を感じて目を醒したのであるが、その際、ベッドとガスストーブの間にかなりの火炎が上がっているのを目撃していること、以上の事実が認められ、これによれば、右火災は被告が寝入ったあとベッドからずり落ちた掛蒲団にガスストーブの火が燃え移ったために発生したものと推認することができる。

そこで、右火災を発生させたことにつき被告が不法行為者としての責を負うものかどうかについて検討するのに、右認定の事実によれば、被告が勤務を終えて帰宅したのは深夜のことであるうえ、酒を口にしていたことでもあり、このような状態では、たとえ直様眠りにつくつもりはないにしても、一旦床についてしまえば、そのまま寝入ってしまうことも十分に予期できた筈であるから、被告はベッドに入るに先立ちガスストーブの火を消すべきであったのであり、これを怠ったのは被告の過失であるということができる。しかしながら、「失火ノ責任ニ関スル法律」は、わが国では木造家屋が多く、しかも密集しているため一旦火災が発生すると天候や消防活動の如何によっては損害が予想外に大きくなることがあり、また失火者自身も火災によって財産を焼失してしまうのが普通であることなどの事情を考慮して、失火については失火者に重大な過失がある場合を除いて民法第七〇九条の不法行為の規定は適用しない旨を定めている。ところで、ここに重大な過失とは通常人に要求される注意義務を著しく欠く場合をいうのであるが、本件においては、前認定のように被告は勤務先から帰宅したあと、ガスストーブで室内の暖をとりながら寛いだひとときを過ごしたのち眠りにつくつもりでベッドに寝そべって週刊誌を読んでいるうち不覚にもそのまま寝入ってしまったものであり、通常これに類することは被告以外の者にも時として見受けられるところであって、このような状況のもとでは、いまだ被告が通常人に要求される注意義務を著しく欠いたとまではいいがたく、したがって、火災を発生させたことにつき被告に前述のような過失があっても、被告に対し不法行為者としての責任を問うことはできないといわなければならない。

よって、原告の本訴請求はその余の点に触れるまでもなく理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚一郎)

<以下省略>

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